革新的柔らかさ

月齢5。少しずつ膨らんでいく月が冴える。

 

温かく懐かしい集まりの中で、優しい人に言われた。

 

「変わったね」 

「子どもを産んで変わったね」

 

こんなこと言って良いかわからないけど、と前置きをして。

 

「わたしはいつでもわたしのままよ。変わったのかもしれないけど、あなたにそう言われるほどあなたがわたしを理解してるとは思えない」

 

20年前に放ったわたしの回答。それはそれ。事実。相手がそれほどわたしを理解してたなんて今でも思えない笑

 

でも今回は違う。

 

ただただ嬉しい。

 

わたしを見ていてくれる人がいる。

 

変化に気がついてくれるほどに。

 

「ありがとうございます」他に何が言えるだろうか。

 

世界が変わったわけではない。

 

この優しい世界を優しいと気が付ける目を手に入れた。

 

世界はいつでもわたしに優しい。

 

妊娠発覚から3年目、今もその喜びを得られる巡り合わせに感謝。

 

あの日の喜び、日々あるのことに感謝。

 

そこにまた立ち還らせてすらくれる。

 

わたしの変化という名の成長を喜んでくれるのは言っちゃなんだが、「赤の他人」。

 

その人が喜んでくれるのだ。

 

良かったね。

 

凄いね。

 

人のこの優しい包容力こそ素敵だ。

 

彼のこの優しさがわたしにも向けられた奇跡に感謝する。

 

わたしはここ数年、こんな喜びばかり享受している。

 

ありがとうございます。

 

わたしもまた誰かに優しくなりたい。

 

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

一瞬が永遠

新装開店からあっという間に一年たって、かわりない日々を思う。

 

というか、籠姫の成長に合わせるだけで精一杯!と言っても過言ではない毎日。

ちょっと前はこの時間寝てたよね??って時間帯にも構ってちゃん💚な籠姫の相手をしてたら…仕事回んね〜〜(≧∇≦)体力ついてきて、それはそれは素晴らしいことです。

 

この5ヶ月で背も伸びて体重も増え、体力もついた。わたしは毎日があっという間で、あ、もう運動会来ちゃう(>_<)と今さらながら焦るわけだけど、久しぶりに会った友人に「籠姫ちゃん、おっきくなったね!」とか言われる氣がつくのだ。時間は同じように流れているわけではないことに。

更には過去は果たして過ぎ去った時なのか?未来とは未だ来ない時のことなのか?

タイムリープ系の傑作インターステラーに…時空を渡るシーンがある。渡るというと誤解をうむかもしれないけれど、そこには全ての時が整然と並び「在る」。あるところを覗くとある時が覗け、また別のところを覗くと別の時が覗ける。そう、どの時も常に在るのだよ。きっと、未来も。ただわたしたちはそれを順番に経験するというだけだろう。

お昼寝中、眠った籠姫が一生懸命歩こうとする。一般的に子どもは大人より1日を長く感じるという。だけど、彼女にとってはそれすらも足らないのだろうなぁ。すっ飛ばして、歩ける日が来ればいいのに、とも思う。

だけどそれも違うんだ。ひとつひとつ、一瞬一瞬、薄皮を積み上げて行くことでしかわたしたちは生きられない。

この一瞬が、彼女が頑張る毎日が、愛おしい。

 

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

幸せ仕込み味噌

草の露白し9月8日。一昨日の満月での大失敗ダメージからようやく抜けそうな晴天で、朝一の仕事は大変捗りました。

 

朝ご飯は豚汁♡7月に仕込んだお味噌を待ちきれずに1Kだけ取り分けて発酵を止めました。

わたしは実は何事にも感動の薄い、あんまり心動かない人で、これまで自分仕込みのお味噌だって、スーパーで買ったものと特に違った感慨なんて持たずに使ってきたけれど、ちょっとワクワク。

実は初!夫婦仕込み(笑)3夫婦集まって作ったお味噌なんですよね。

この夫婦限定お味噌つくりのイベントは、ぜひお互いがお互いを労わっている時間を共有したい、してほしいと思って企画しました。

なんにでも言えるけど、何につけても「相手の立場」に立つことはできないから。

共通目的を生きる夫婦でも、一日のほとんど離れて過ごしながらそれぞれ頑張っていたら、気が付きにくくなる。想像しても想像の域は出ないし、自分がネガティブ要素抱えてるときに相手を思いやることは特に難しい。

わたしが家庭内で男女役割分担することを推奨しながら近代的な経済を案分する夫婦像も嫌いじゃないのは、これが理由。勤めに出て稼ぐ大変さや、家事をして家庭を営む気遣いを双方がするのは本当は仲良くいられる秘訣だと思う。

ってわけで、【夫婦一緒に】体験できるしかもお味噌仕込める一石二鳥なイベントを企画してみました。

お互いを誉めあいながら、仲良く仕込んだお味噌は、今まで作ったお味噌の中でも一番まろやかに仕上がって、美味しい♡

KOTO味噌仕込みのイベントは初対面同士でもいつも和氣藹々であたたかいけれど、初めましての緊張感すら楽しいような時間だった。

仕上がったお味噌が美味しくて、嬉しいので、初夏に新妻になった友人にも贈った♡

いつも健康で、いつまでも幸せに。

全ての人が大切に想う相手に祈ることだろう。

お味噌にはそれがこもっていると思う。

 

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今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

真夜中の大分道

少し遅めのお盆休みに、籠姫を連れて帰省。

お昼間の車内は灼熱で可哀想だから、行きも戻りも深夜にしたら、まだ、工事をしていた。

 

別府=湯布院間。

 

由布岳の偉容を観たくて、道の駅ゆふいんに寄りたいわたしは湯布院ICで乗り降りすることが多いのだけど、真夜中だしね。

どうせ見えないからと、大人しく大分ICまで突き進む。

途中、車線が減り片側一車線として続く工事。

新しいアスファルトに真っ白に光る車線。

んー、新しく仕替えてるんね〜〜と呑気に走った。

 

復路でようやく氣が付く。

 

あ、地震で壊れたところだ。

 

昨年4月の地震のあと、ゴールデンウィークには全区間通行可能となった大分道

わずか2週間余り。

凄いなーーー!と思いながら湯布院〜別府とハシゴしたのは5月末。

すっかり全く完了してるものかと思ってた。

本当はこんなに長く長くかかる工事だったんだ。

それを突貫で先ずは通れるようにしてくれてたんだ。

凄くない?

共通の分かりやすい指標としてなんでも「円」で表されることが多い。

地震による経済損失。

復興にかかる予算。

復興による経済効果…などなど。

お金は掛かってるだろうし、大分道が通れることによる経済の増減はそりゃあるだろう。

でもね、「あぁ、早く、なんとしても早く通れるように。」ってそれはだなぁ。と思った。今更ながら。

ニブチンなわたくし。

お陰でこの一年、困ることなく帰省してこれたんだよね。

ありがとうございます。

 

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写真は真冬の由布岳

 

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

ゼツエンでミライが溶ける

火曜日の朝から味覚障害発症( ̄▽ ̄;)

シジミのサプリだとかシジミの味噌汁だとか飲むけどサッパリ。

 

そこはかとない舌の痛みと食への不満に耐えかねて木曜日に病院へ…

医「亜鉛とってもムダかもですね〜、これ感染症です。風邪というか。」

え?まさか(笑)

だって、喉も痛くないし鼻もタレないし、熱も出ませんけど?( ´Д`)y━・~~

医「鼻の粘膜やられたら鼻水でるし、喉だと咳とか、、、舌も粘膜だからね。お薬出しますね〜」

マジか。全く想定外。ビックリした。

薬を飲んだら、身体が楽になって、「最近寝不足てダルいな〜」って思ってたけど、風邪のせいだったかもってこと?と思って更にビックリした。

 

味覚障害なんて初めてだから、無難に亜鉛取りつつ、他の疾患を疑って色々調べた3日間が何気に修羅場だし、薬4日目、全く改善されない味覚障害と舌の痛みがやっぱり辛い。

 

ストレス性の場合は分からないけど、舌炎での味覚障害は味蕾が溶けて再生しないせい。

味蕾が無いのは火曜日のお昼間には気がついた。

何というか、リス◯リンでもした後のように舌がピリピリして上顎を舐めた感じがノペッとしてツルツル。味蕾は小さな突起だからちょっとザラつく感じが正常なのよ。

味蕾の中では塩味と甘味は今もほとんど分からず、旨味と苦味は少しは分かる。

お味噌汁は微妙な味だけど美味しい💛

今日のお昼はキノコカルボナーラソースだったけど、キノコの苦味ばっかり感じて寂しかった(笑)

そして、ノペッとしてるから?クリーム系は何というか、牛脂でも食べてる様な感じ。シュークリームとか。苦痛だった。完食したけどね(笑)

 

これを機に食べる量を減らせればいいのになぁ…これがなかなか、想像力で食べれてしまうから恐ろしい。

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今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

 

愛を食べて生きる

今日は一日、夫に食事をお願いした。
ここのところ、わたしは本当に飢えていて、疲れていたから。
いつも食べ過ぎるほど飢えていたし、何も食べたくないほど疲れていた。

ふ、と「誰かが作ったご飯が食べたい」と思った。

夫の帰りに合わせて夕飯の準備をしながら、たいてい間に合わないんだけど、そう「わたしもこんな風に誰かにご飯を作ってほしい」そう思った。

今月から案件を4つ掛け持ちしていて、平日ランチもパンを齧ったり、食べなかったり、チョコレートやポテトだったり。温かいってだけでポテトがご馳走かと思ったほど「食べること」をないがしろにしていた。

わたしらしくないな。

土曜日の夜、疲れ切って気遣いもできなくなったわたしに夫が言った「何かしてほしいことある?」

「ごはん、作ってほしい。明日のご飯をお任せしたい。」

夫は言えば何でもしてくれる。
何買ってきて、何作って、何して。

だけど、「ご飯お任せ」は久しぶりだ。6年とか7年ぶり?もっとかもしれない。

わたしのために、何をどう作ろうか調べたり、わたしの動きに合わせて準備をしたり、わたしのために食材を調理して味を付ける。
夫が、わたしのためにそうして作った食事。

美味しいに決まっている。

幸せに決まっている。

やっと、久しぶりに生きている気がした。

愛されている気がした。

人は、自分のために作られたご飯を食べることで生きていると思う。

例えば不特定多数だったとしても「お客さんに喜んでもらうため」だって、わたしがお客さんならわたしのためだ。

だけど、大切な人のために作られたそれは本当に、代えがたい、いのちの糧。

今日は一日、仕事のことだけ考えて、時々息抜きに籠姫と遊んでご飯を食べて、とっても幸せな一日だった。

わたしの幸せを支えてくれる夫に心から感謝している。
ありがとうございます。

 

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。

 

人は成長したくて堪らないものなんです。

立ち上がりたくて仕方がない

歩きたくて仕方がない。

週に3回の保育園から帰ってくると、疲れてるだろうにミッフィー(歩行器)に乗って動き回りたがる籠姫。

足は強いから、捕まり立ちを補助したりしてたけど、グラつくカラダが怖くてすぐに泣いてしまう。

そして、悔しそうに泣く。

他の時と違う、本当に悔しそうな泣き方。

こんなに小さいのに、自尊心と負けん気の強いこと。

泣きながら寝てしまう籠姫が切なくて切なくて、ついにリハビリをお願いすることにした。

住んでる自治体には籠姫の年齢に対応したリハビリ・療育施設がなく、最寄りでも車で片道40分以上、6ヶ月検診以降は自治体の運動発達相談にも行きながら検討してたけど、わたしの心はどうにも動かない。

だけど決めた。

2月にQ大のS先生に診て貰ったときも「無理に行かなくていいよ」の一言に心からホッとした。

だけど決めた。

3月以降、籠姫の歩きたい意欲が急激に高まり、わたしや夫の補助でほんの一瞬つかまり立ちしては本当に嬉しそうに誇らしげに微笑むから。

上手くサポート出来ない自分に限界を感じ1歳半検診で相談。

4月に「訪問も受けられますよ!空きがあるみたいです!」のお電話をいただいたときも、実はなんとなく憂鬱で億劫だったけど、お願いしてよかったなと今は思ってる。

リハビリ2回目。

初日は、嬉しすぎるのか興奮して止まらない身震い(笑)

次の日には動ける範囲…手が伸びる、カラダが傾く…が広がっている。

少しくらいグラついても泣かなくなって、その分目を離すと倒れてゴチン💦💦

目に見えて逞しくなった。

彼女の喜びが伝わる。

 

訪問にしてよかったのは、距離と時間の問題だけではない。

わたしの卑屈で卑怯な心を守る効果もある。

籠姫の発達遅延は穏やかといえば穏やか。

集団の中に入って悲しむのも、そして喜ぶのもわたしの心が耐えられないから。

 

まぁ、そんな母の思惑など吹き飛ばす、娘の笑顔に感謝。

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今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

あなたの魂が自由でありますように。

心から愛しています。