愛を食べて生きる
今日は一日、夫に食事をお願いした。
ここのところ、わたしは本当に飢えていて、疲れていたから。
いつも食べ過ぎるほど飢えていたし、何も食べたくないほど疲れていた。
ふ、と「誰かが作ったご飯が食べたい」と思った。
夫の帰りに合わせて夕飯の準備をしながら、たいてい間に合わないんだけど、そう「わたしもこんな風に誰かにご飯を作ってほしい」そう思った。
今月から案件を4つ掛け持ちしていて、平日ランチもパンを齧ったり、食べなかったり、チョコレートやポテトだったり。温かいってだけでポテトがご馳走かと思ったほど「食べること」をないがしろにしていた。
わたしらしくないな。
土曜日の夜、疲れ切って気遣いもできなくなったわたしに夫が言った「何かしてほしいことある?」
「ごはん、作ってほしい。明日のご飯をお任せしたい。」
夫は言えば何でもしてくれる。
何買ってきて、何作って、何して。
だけど、「ご飯お任せ」は久しぶりだ。6年とか7年ぶり?もっとかもしれない。
わたしのために、何をどう作ろうか調べたり、わたしの動きに合わせて準備をしたり、わたしのために食材を調理して味を付ける。
夫が、わたしのためにそうして作った食事。
美味しいに決まっている。
幸せに決まっている。
やっと、久しぶりに生きている気がした。
愛されている気がした。
人は、自分のために作られたご飯を食べることで生きていると思う。
例えば不特定多数だったとしても「お客さんに喜んでもらうため」だって、わたしがお客さんならわたしのためだ。
だけど、大切な人のために作られたそれは本当に、代えがたい、いのちの糧。
今日は一日、仕事のことだけ考えて、時々息抜きに籠姫と遊んでご飯を食べて、とっても幸せな一日だった。
わたしの幸せを支えてくれる夫に心から感謝している。
ありがとうございます。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
あなたの魂が自由でありますように。
心から愛しています。